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2018-11

ヘリコプター弦楽四重奏曲の日本初演を聞く

去る10月14日、かの有名なシュトックハウゼンのヘリコプター弦楽四重奏曲の日本初演が行われた。場所は安雲野市にある国際信州学院大学。というのも楽団が学生サークルなのである。
このキテレツな演奏会の顛末をお届けしたい。結論から言うと期待を斜め上に裏切られた、素晴らしい演奏会だったのである。

演奏会情報 
国際信州学院大学総合音楽研究部 秋の音楽祭『変容するヨーロッパ』

2018年10月14日(日) 18:30~
国際信州学院大学コンサートホール
曲目・・・
シュトックハウゼン : ヘリコプター弦楽四重奏曲
リュック・フェラーリ : 混合化学物
ブーレーズ : デリーヴII
ヌネス : リヒトゥンI
リゲティ : ピアノの為の練習曲 第 6 番 『ワルシャワの秋』

会場は大学内のホールだが、音響が良いことは知っていたので不安はなかった。
18時の開場だが、それまでに大勢の観客がエントランスに集合していた。
中には各界の著名人も多く見かけた。音楽評論家、安雲野市議、会社社長、などである。クロークにケピ帽を預けるおじさま方など、目の保養になった。
以前お世話になった高山国際インシデンタルの社長がいらっしゃったので挨拶したが、VIPたちは特別席が用意されていて我々庶民のように自由席の椅子取りゲームをしなくてもいいそうである。

18時30分、開演。
ステージに楽器、奏者はなく、代わりに巨大なスクリーンが聳える。そして司会者。
客はみな、ググる等して曲の概要を知っているが改めて目にして驚きを隠せないようだった。
司会による紹介ののち、画面にヘリコプターが映し出された。1機目のヘリが飛び立つと共に1st Vn.が演奏を始める。そうこうするうち、都合4機のヘリが飛び立った。
全てのヘリが上空に行くと画面は4分割され、それぞれ1st Vn.、2nd Vn.、Va.、Vc.の各奏者が映し出された。

パイロットも映される場面があった。ストバイのパイロットは何と、稀代の音楽評論家、@koho_to_ieyou 先生ではないか!将に光彩陸離たる、いや、光彩離陸たる操縦桿さばきと言えよう!!

曲はシュトックハウゼンのズーパーフォルメルが遺憾なく発揮されているが、ヘリコプターの音のせいで奏者ですらまともに互いの音も自分の音も聞こえないのである。また、現代音楽の多くがそうであるように、この曲もまたヘリコプターの飛行音も楽器の一部である。したがって観客は一層注意して音楽的要素を見出さねばならない。非常に難しい音楽なのだ。

であるにも関わらず、楽団員は見事に演じきった。上空での曲調は単純なグリッサンドのトレモロを繰り返すだけで超絶技法は皆無である。だが我々は一生忘れられない体験をしたのである。
ヘリの飛行音、弦楽器、奏者によって時折発せられる掛け声、これらが安雲野の夜景の中で幻想的に複層的に絡み合い、単なる音楽上の、芸術上の到達点ではない、全てが渾然一体となり、奏者、観客すべてが上空よりも高く、精神的な高みに到達したのである。最早そこにフォルメルを探し出すなどという行為は無意味であった。あのとき、確かに我々は一つだった。

全てのヘリが着陸した時点で音楽は終了である。現代音楽の多くはどこで拍手していいのかわからないが、この時に限ってはその心配は無用だったようだ。また、マーシャラーも奏者の一人と解釈されうるが、カメラワークも相まって非常にかっこよく映画のワンシーンかのようであった。

ただ、拍手で出てきたのが司会者なのはなんか違わないか?

興奮冷めやらぬまま、2曲目
ピエール・ブーレーズである。国際信州大学はフランスとのつながりが深いから順当な選曲である。
白状するが私はフランス音楽が苦手である。特にブーレーズのゲンオンなど、意味不明の極みである。(クリーブランド管のハルサイは持ってるが、確かに世紀の名演といえよう。だがしかし個人の感覚としてはチョンの方が好きだし、フランス人指揮者ならデュトワがいるではないか。ゲンオンなどまっぴらだ)

そんな私の認識は改められた。

指揮者は先ほどの司会者。ブーレーズの難曲をいともたやすくやってのけるではないか!ブーレーズによるケージやカーター、リゲティへの挑戦を再解釈し、バッハやラヴェルへの解答までをも付け加えてしまったのだ。これは許されるのか。しかし端倪すべからざる自在で闊達なブーレーズはこの指揮者でしか表現し得ないであろう。若々しく迸るような情熱が消えぬままフィナーレを迎え、またもや会場は熱気に包まれたのである。

2曲目の後、休憩時間。ここでスクリーンや音響装置が片づけられたようである。

3曲目。フェラーリの混合化学物。作曲は60年代で、今から見れば十分古典の域にある。
ミニマルミュージックを思わせる小品で、現代音楽の衒学的な知識が無くても十分楽しめる曲である。
それゆえに、よくいえば平衡感のある洗練された解釈だが、悪く言うと平凡であった。強弱の付け方が緩慢であり、まるでスーパーマーケットのCMを繰り返し放送しているかのようであった。
客観的事実として、掴みは良いがヘリコプターに比べてパンチが弱く、その分これを第1曲とすればよかったのに、と思う。

4曲目は本邦では名の知れていないポルトガル人E.ヌネス。
私も聞くのはこれが初めてである。

このアンサンブルはまたしても観客を幻想的世界へと誘った。
導入は複雑な不協和音が緊張感を伴って提示される。弦楽器と打楽器がある程度まとまった音響を示すため、聞きやすい。曲調は次第に複雑さを増し、現代音楽的ポリフォニーの極致を垣間見せる。指揮者の魔手によって、断片的で小うるさい部品の集合体が、恰もブルックナーの交響曲であるかのように振舞う。これこそ英華発外たる津里の妙味といえよう。

これは安雲野の自然だ。演奏を聴く間にいつの間にかポルトガルの森から安雲野に居たのだ。山、川、雲、畑、牛、それらが綿密に計算されたパーカッションによって静かに、そしてしつこく語りかけられた。終曲にふさわしい、精神世界の極致である。学生の指揮者とアンサンブルが成し遂げるレベルのものではなく、余韻はいつまでも続き拍手が躊躇われるほどであった。

アンコールはリゲティのピアノ独奏。奏者の津里乙の手にかかればリゲティもショパンのようであり、リストのようである。ブーニン的であり、次の瞬間には内田なのだ。ムターさえ顔をのぞかせた。動もすれば悪趣味な冗談音楽だが、彼の織りなす技巧の元では全てが彼の支配下にあり、彼の世界なのだ。まだまだ本気は出してないぞ、そう言っているかのような、それでいて観客とのキャッチボールを楽しむかのような笑顔が印象に残る。

いやはや、大変なものを見てしまった。
これは日本の音楽史に残るべきコンサートだ。学生アンサンブルのため、勿論荒削りの印象も否めないが、逆に言うとここまで貪欲に音楽という剣を鋭く研ぐ楽団がいるだろうか。今後に大いに期待したい。

最後のアンケートではリクエストでカーゲルのティンパニ協奏曲を書いたけど、「総合」音楽部なんだから現代音楽以外も聞きたいと、今になって後悔している。とまれ、万が一ティンパニ協奏曲演奏の暁にはまた聞きに行きますよ。

10月18日追記
国際信州学院大学コンピュータ同好会さんのブログで、今回のコンサートの技術的な側面について考察がなされていました。ヘリコプターの運用や映像回線など、私には思いもよらないことが書かれており、大変参考になると思います。
国信大でのヘリコプター弦楽四重奏曲の公演は現実的だったのか
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